SID Display Week 2023 報告 (2)

Published June 3, 2023
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UDDI TECHNICAL WRITER PH.D. 鵜飼育弘氏の特別寄稿 ※原稿ママ掲載※

1.はじめに

SID2023 Symposium報告(2)は、ジャパンディスプレイと出光興産からの論文を紹介する。この高移動度酸化物多結晶TFT2022年3月30日のニュースリリース「世界初 第6世代量産ラインにて従来比4倍の電界効果移動度を持つ酸化物半導体を実現 -多様な分野におけるディスプレイ性能の革新的向上―」に関する論文である。

2.50cm2/Vsを超える移動度と大型基板上での高い均一性を実現した高移動度酸化物多結晶TFT

2.1 背景

ジャパンディスプレイと出光興産から”High Mobility Poly-Crystalline Oxide TFT Achieving Mobility over 50 cm2 /Vs and High Level of Uniformity on the Large Size Substrates”(8.1)と題した招待講演があった。

近年のディスプレイ業界では、スマートフォンやタブレットPCなどのモバイルデバイスが広く普及し、私たちの生活に欠かせないものとなっており、スマートウォッチやAR/VRディスプレイなどの新たな市場が急速に拡大している。 これらの機器に適用されるディスプレイには、高精細、高画質、高リフレッシュレートだけでなく、低消費電力も求められている。 これらの要求を実現するため、周辺回路にLTPS(low temperature poly-Si)TFTと酸化物半導体TFTを適用した「Ad-LTPS」技術を画素回路に適用し、高精細化と低消費電力の両立を実現した。

一方で、近年、酸化物TFTの移動度をLTPS TFT並みに高める改良研究が報告されている。 この研究から、従来の酸化物半導体材料の代わりに多結晶酸化物半導体(Poly-OS: oxide semiconductor)を使用すると、酸素欠損やミッドギャップ欠陥状態を抑制できるため、TFTの移動度や信頼性を向上できることがわった。

Poly-OS TFTは、図1に示すように、従来の酸化物TFTのような極めて低いオフリーク電流と、LTPS TFTのような高いオン電流の両方を実現でき。また、Poly-OSは、高温を必要とせずにガラス基板上に形成できる。 LTPSにはアニーリングまたはエキシマレーザーアニーリングが必要。 したがって、Poly-OS テクノロジーは、a-Si TFT 用の同様の大型基板に適用される可能性がある。 Poly-OS テクノロジーは他の TFT テクノロジーの利点を組み合わせており、将来のディスプレイ業界に取って代わり、変化させることが期待されていると当社は考えている。

今回、弊社量産ラインの装置を用いてGen.6ガラス基板(1800×1500mm)上にPoly-OS TFTを作製し、そのTFT特性を測定した。 その結果、Poly-OS TFTの電界効果移動度を従来のOxide TFTに比べて5倍以上向上させることに成功した。 また、Id-Vg特性におけるしきい値電圧のばらつきも極めて小さく、量産上大きな問題は見られない。ここではPoly-OS TFTの詳細な特徴を紹介する。

図1 Poly-OS TFTの特徴
©SID2023

2.2 Poly-OS 薄膜トランジスタ

2.2.1 多結晶酸化物半導体

アモルファス、ナノクリスタル、c 軸配向結晶などの構造を有する酸化物半導体は、TFT の活性層に使用されており、量産技術として十分に確立され商品化されている。 Poly-OSは、既存の酸化物半導体と同様に、従来のプロセス(450℃以下)で多結晶状態(図2参照)を生成できることが特徴である。 この多結晶構造を活性層に利用することで、酸化物本来の電子移動度を最大限に引き出すことが可能となる。

図2 酸化物半導体の結晶性
©SID2023

図3にPoly-OSの材料の1つであるInGaO(IGO)のXRDパターンと断面TEM像を示す。 IGO 膜で観察される X 線回折ピークは、In2O3 結晶ビックスバイト構造 (空間群 Ia-3) とよく一致している。断面 TEM と高速フーリエ変換 (FFT) パターンは、膜が粒子内に単結晶構造を持っていることを示している。

図 3 IGO 膜の結晶性 (a) XRD パターン
©SID2023
図 3 IGO 膜の結晶性 (b)(c)断面TEM像 (d) (222) 結晶配向を示すFFTパターン
©SID2023

IGO 膜のホール移動度 (μHall) は、高キャリア濃度領域 (> 2 × 1018 cm-3) で IGZO のホール移動度よりも著しく高くなる(図4参照)。 μHall-n の傾向は、ゲート電界によって蓄積されたキャリアの電界効果移動度を考慮する際に重要である。その結果、1×1019 cm-3 以上のキャリア濃度を有する IGO 膜は、結晶方位 (222)で50 cm2/Vsec 以上の電界効果移動度を超えることが期待される。

図4  4インチおよびGen.6サイズのスパッタリングターゲットを使用したIGO膜とIGZO膜のホール移動度とキャリア濃度の関係
©SID2023

2.2.2 TFTの構造

Gen.6ガラス基板上のPoly-OS TFTとして、トップゲートセルフアライン(TGSA)構造を採用。 TGSA構造は、ボトムゲートチャネルエッチ構造に比べてチャネル長を短くでき、活性層へのダメージを軽減できるため、オン電流とバイアス温度ストレスに対する信頼性を向上させることができる。

図 5 にGen.6 ガラス基板上に作製した IGO TFT の断面像を示す。 活性層Poly-OS IGOは2枚のゲート絶縁膜(GI)で挟まれ、その上下に2つのゲート電極が形成されている。 デュアルゲート構造と呼ばれるこの構造により、TFTのしきい値電圧を容易に制御でき、活性層とゲート絶縁体の両方の界面の影響が軽減される。 LTPSプロセスと同様にイオン注入によりn+領域を形成した。 STEM像から、活性層の350℃アニール処理により、完全に粒界を有する多結晶が形成され、非晶質領域は観察されない。

図 5 薄膜トランジスタの断面構造 (a)
©SID2023
図 5 薄膜トランジスタの断面構造 STEM 像
©SID2023

2.3 測定

2.3.1 Id-Vg特性

図 6 に IGO TFT の Id-Vg 曲線を示す。 (a) 従来の IGZO を含む 4 つのプロセス バリエーションを比較した。 すべての TFT サイズは、幅/長さ= 3 μm/3 μm。 すべての TFT は第 6 世代ガラス基板 (1800 × 1500 mm) 上に作製した。 測定点は28点。

同じ IGO 材料を適用し、同じ TFT 構造が (b) 標準プロセス、(c)改善した BTS プロセス、(d)改善した移動度プロセスで作製した場合、電界効果移動度 (μFE) は、プロセス条件の違いにより電界効果移動度 (μFE) が変化した。表 1 に、Id-Vg 曲線から計算したμFE パラメータを示す。計算に使用する酸化物 (Cox) の静電容量は、デュアルゲート構造を適用しているため、トップ GI 値またはトップ/ボトム GI 値の合計のいずれかになる。

図 6さまざまなプロセス条件での IGZO および IGO TFT の Id-Vg 特性(測定点28点)

黒線(実線): Vd = 0.1 V、赤線(実線): Vd = 10 V

黒線(点): 電界効果移動度(総静電容量)、赤線(点): 電界効果移動度(単一静電容量)

(©SID2023)

(a) IGZO
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(b)標準プロセス
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(c) 改善した BTSプロセス
©SID2023
(d) 改善した移動度プロセス
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表1 IGZOおよび種々のプロセス条件によるIGO TFTの飽和領域の電界効果移動度
©SID2023

2.3.2 ゲートバイアス温度ストレステスト

従来の酸化物TFTはバイアス温度ストレス(BTS)に対する信頼性に課題があった。 IGO TFT に対して BTS テストを実行した。その結果を図 7 に示す。正バイアス温度ストレス (PBTS) 条件は、Vg = +30 V、Tsub = 60 ℃、時間 = 3600 秒、および負バイアス温度照明ストレス (NBTIS)条件は、Vg = -30 V、Tsub = 60 ℃、時間=3600 秒、輝度= 8000 cd/m2 である。光をTFT基板上から照射した。 TFT のサイズは、Id-Vg 特性と同じ幅/長さ=3 μm/3 μmである。

その結果、BTS 条件改善した IGO TFT では、PBTS テストの ΔVth は +0.23 V、NBTIS テストの ΔVth は -0.05 V となった。 特に、NBTIS試験におけるこの閾値電圧シフト値は、従来のOxide TFTに比べて小さい。 これは、IGO が光劣化の原因となる酸素欠損を減少させると考えられる。

2.3.3 W/L依存性

Poly-OS が従来の酸化物よりも酸素欠損が少ないことを示すもう 1 つの結果は、TFT サイズ依存性のデータである。 当社のIGO TFTは、TFTのチャネル長が短くても安定した特性が得られる。 図8にチャネル幅を2μmから25μmに変化させたときのId-Vg曲線を示す。 チャネル長はすべて 2 μm。 従来のIGZOでは、チャネル幅が増加すると酸素欠損が増加すると考えられるため、チャネル幅が増加すると閾値電圧がマイナスシフトを示す。 一方、IGO では、Poly-OS の構造安定性により、チャネル長や幅が変化してもしきい値電圧のシフトはない。

図7 IGO TFTのBTS結果 (a) PBTS
©SID2023
©SID2023

図 8 IGZO および IGO TFT の W/L 依存性

黒線(実線): Vd = 0.1 V、赤線(実線): Vd = 10 

(a) IGZO
©SID2023
(b) IGO
©SID2023

図 9 は、Vg が +12 V、Vd が +10 V の場合のチャネル幅/長さの異なるドレイン電流値を示す。この結果から、しきい値電圧のシフトがないため、ドレイン電流はチャネル幅/長さの比に応じて直線的に増加する。 IGO TFT はフラットパネルディスプレイプロセスに対して優れたスケーラビリティを備えているという利点がある。この観点から、100 cm2/Vsを超える高移動度のLTPS TFTの場合、ドレイン誘起障壁低下による短チャネル効果によりチャネル長を短くすることが困難だった。 実際のデバイスでは、LTPS ではこの問題のために低濃度ドープのドレイン領域が必要になることが多く、これがスケーラビリティに影響する。 したがって、IGO TFT は移動度とスケーラビリティを向上させることができ、その結果、LTPS TFT よりも高いオン電流が得られる。

図9 種々のIGOTFTサイズとドレイン電流
©SID2023

2.4 まとめ

当社量産ラインの装置を用いて、Gen.6ガラス基板(1800×1500mm)上にTGSA構造のPoly-OS TFTを作製し、そのTFT特性を測定した。 その結果、Poly-OS TFTは、従来のOxide TFTと同等の極めて低いオフリーク電流と、LTPS TFTと同等の高いオン電流を有することが分かった。 IGO TFT の移動度は 55.3 cm2/Vs で、BTS テストでのしきい値電圧シフトは ±1 V 未満である。これらの優れた特性により、Poly-OS技術が OLED バックプレーンの LTPS技術に取って代わり、低消費電力のディスプレイデバイスを実現できることが期待される。

2.5 事業化

この技術により,オフリーク電流が低いという従来のOS-TFT技術の特徴はそのままに、LTPS技術と同水準のオン電流が可能となる。更に、従来はAMOLED向け高移動度バックプレーンにはLTPS技術が必須であり,ガラス基板サイズの大型化はG6が限界だったが、この技術ではG8以上への展開が可能いう(図10参照)。従来のOS-TFT技術では、高い電界効果移動度を得ようとすると信頼性不良の原因となるBTS特性が悪化し、2つの特性(高い電界効果移動度と安定したBTSを両立できないといという大きな課題があった。

今回,OS-TFTのプロセスノウハウを駆使することにより技術課題を克服。高い電界効果移動度を有しつつ、同時に安定した特性を得ることができ、OS-TFTの低オフリークとLTPS技術と同等レベルの安定的な駆動能力の両立が可能となる。なお、酸化物半導体には出光興産が開発した結晶性酸化物材料を使用。

この技術は、OLED製品を始めとしたディスプレイデバイス性能の向上に幅広く貢献する。具体的には、ディスプレイの低消費電力化(低周波数駆動時)、VR/AR等メタバース・ディスプレイの映像リアリティ・臨場感の向上(高精細・高リフレッシュレート化)、透明ディスプレイの透明感・表示品位向上,大画面化を挙げている。

この技術の事業化を決定しており,2024年より量産を開始する予定。また、開発中のeLEAPTM AMOLED Displayとの組み合わせにおいて,ウェアラブルデバイスを中心とした新製品をG6ラインにて量産し,2025年度に約250億円,2026年度に約500億円の連結売上高を目指す。

なお、この新技術は、同社が長年培ってきたバックプレーン技術の更なる進化の追求の過程で開発された技術であり、事業化に際して新たに支出する額は10億円未満だとしている。

図10 既存設備の更新需要を含め、市場は継続的に拡大
https://www.j-display.com/technology/jdinew/HMO.html

2.6著者所見

酸化物TFTには「移動度-安定性トレードオフ現象」という長年の未解決問題があることが技術的障害になっている。この現象は、高い移動度を示す化学組成 (インジウムやスズが主成分) の酸化物TFTでは、繰り返して使用していると、しきい値電圧が大幅に動いてしまうという不安定性 (閾値シフト) が見られるというものである(2)。この課題をG6量産ラインで高移動度と安定性を両立したことは素晴らし成果である。しかも、スパッタリングのターゲットは出光興産製で、日本のメーカーによるコラボレーションに花が開いた。JDIのビジネス戦略も明確で、報告(1)のeLEAPTM AMOLED Displayと併せて展開を期待したい。

Display Week 2023でKarl Ferdinand Braun Prizeは東工大細野先生、神谷先生および野村先生(現UCSD)が受賞された。おめでとうございます。この賞は、ディスプレイ業界に多大な影響を与えた優れた技術的成果に対して授与される。 ブラウン賞は SID の最も栄誉ある個人賞であり、商業用ディスプレイを支える技術の先駆者を表彰する。

a-IGZOは、高移動度アモルファス酸化物半導体(AOS)の代表的な材料となっており、ハイエンドのアクティブマトリクス(AM)を駆動するバックプレーン回路のTFTチャネルに不可欠な材料となっている。

【引用文献】

Masashi Tsubuku, et al., “High Mobility Poly-Crystalline Oxide TFT Achieving Mobility over 50 cm2 /Vs and High Level of Uniformity on the Large Size Substrates” SID2023 Digest pp.78-8182023)

Y.Ukai, SID 2022技術セッション報告 (3)


UDDI Technical Writer
Ph.D. 鵜飼育弘
yasuhiro.ukai@hotmail.co.jp



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Counterpoint Research (日本窓口 DSCC)

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